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―俵太さんは、これまで社会福祉との接点はあったのでしょうか?

 社会福祉活動を推進しているかというと、常の接点はないんですが…。越山先生的には、毎年、京都新聞社が主催するチャリティー美術作品展に参加させてもらっています。
 日本を代表する著名な文化人・有名人の作品が一堂に展示されています。それを落札していただき、集まった金額が交通遺児の奨学金などに役立てられる取り組みです。毎年、私の作品を購入してくださるファンの方がいて、そういう意味では、福祉に貢献しているかなと思います。


―このお話を聞くまで、こういった活動をされていたことを知りませんでした。

 なんか恥ずかしくてね。チャリティーだから買ってもらう方がいいんだけど、気恥ずかしくて、あまり表立って言ってなかったですね。
 元々が裏方の人間やったので、そういうのが気恥ずかしいというのもあって…。でも、お声掛けいただいたら、何でも「はい」って、お受けするんです。そんな感じで仕事をしていたら、大学の講師の仕事が7つも! そんな状況になってしまいました(笑)


―私たちの講演の仕事も断れずに、ですね(笑)

 あははは。僕は、来てくださった方には、できる限り楽しんでもらえるようにと思っています。それに、主催者側として、僕に依頼をしてくださった意図があるはずなので、それに添えるようにといつも考えています。

―あの日は1時間程度、お話してもらいましたが、来場者からは良い感想をいただきました。

 アンケートを見せてもらいましたが、どれも反応が良くて。悪い感想は省いたはりますよね?(笑)
でも、面白かったという意見は嬉しいですよね。
ます。
―当日は「学び、ふれあい、支えあう心」というテーマでお話していただきました。
 印象に残ったのは「こんな視点、目線で物事を見ていらっしゃるんだ」ということでした。

 学生は学生の視点、仕事している人は仕事している人の視点。でも、前後左右、斜め、回り込んでみたり、飛び越えてみたり、本当はいろんな角度で物事を見なきゃいけないですよね。そうすると、自分の思い込みとは違う見え方が出てくる。
 つまり「疑う」視点が大事。そうすることによって、自分の見てきたものは、ひとつじゃないと気付き、見え方が変わってくると思うんです。みんな、システムや制度を変えることで世の中を変えようとしています。でも、現状を変えたかったら人間自体が変わるしかないと思います。


―なるほど、人が変わるんですね。

 自分と向き合う時間、今の人はないですよね。スマホやS N Sを見る時間はありますけどね。私は5年間、山暮らしをしていた時に嫌というほど自分に向き合ってきたんです。そうすると自分というものがわかってきます。でも、わかっただけじゃだめで…。

ー「わかっただけじゃダメ」。今の教育の課題とかにも通じることですね。

 今の教育プログラムは、「わかった」ことがゴールになっています。わかったことを実践して、自分で動いて、失敗して、また実践するというプロセスが本当は大事やと思います。僕は、「自分がやろう」と思ってやらないと、人って動かないものだと思うんです。やらされると失敗した時にリカバリーできないんですよ。

―そういう意味では、私たちが行っている支援などにも通じるものがあります。

 そうですね。やっぱり失敗を容認する社会でないと。学生にも話すんです。「失敗はある。でも、失敗やと思った時点で失敗なんちゃうかなぁ」って。これまでにいろんな職人さんの話を聞いてきました。例えば包丁職人さんは「世界一切れる包丁」を作るために、いろんなプロトタイプを製造します。ある意味、毎日が失敗です。でも、職人さんたちは、それを失敗やと思ってないんですよね。ある日、「俵太さん、ええのができたんです」って、これまでの過程があったから、その日の完成があるわけです。職人さんたちは、完成までの間にあったいろいろは、失敗でないってことを知っているんです。でも、今の学生らは激しい受験勉強やってきて、そういうことを知らない。教える側としても、いつもどうすべきか考えていることですね。

―なるほど。

 番組制作会社をしていた時に、企画会議をするわけです。でも、面白い番組を作ろうと思えば思うほど煮詰まるんですよね。みんな、失敗したら嫌やから萎縮してしまって。で、僕が「よし、おもんない番組作ろう。誰が見るねん!って企画を出してみよう」って話すと、まあ、いっぱい出てくる(笑)。「おもんないなぁ」「え、いや、それおもろいやん」とか、話が盛り上がるんですよ。実際にそこから番組の企画になったものもあります。失敗すると、用心深くなりますからね。でも、いい意味でアホになれ!って、思っています。
―俵太さんの「失敗してもいい」という思いは、今回の作品展「越☆山☆科」で展示された書にも表れていますね。

 身近な山科でつながりを強めようという社協さんの思いである「遠くの親戚より近くの山科」。これを見た時「なんて、おもしろいんや」って。この言葉を見て久しぶりに「書きたい!」と思ったんです。越山先生の心に火をつけたんでしょうね。講演会の時に、東部文化会館にギャラリーがあるのを見て、「せっかくだから、ここで俵越山美術館をしちゃいましょうよ!」と、勢いで言っちゃいました。

―越山先生の数年ぶりの書きたい衝動に立ち会えて、光栄です!

 「字」の種類ってたくさんあるんですよね。高いレストランやお店のもの、街の食堂のメニューとか、同じ字でもいろんなものがありますよね。下手でもいいから気にせず、皆さんも書いたらいいと思います。僕は、俵越山を通して「書く」という行為を西洋から奪還しようと思っているんです。

―お、それはどういうことですか?

 今、字を書くといえば、スマホやパソコン。西洋のものばかりでしょ? スマホやパソコンから「書く」ことを日本に取り戻したいんです!思わず、その企画書はパソコンで書いていましたが……。本末転倒ってやつです。うまいこと、話もオチましたねぇ。(一同笑)。
 これからも山科区社会福祉協議会さんとは、俵越山の活動を通してつながりを持って、福祉に役立てたらと思います。